内閣官房の見解
内閣官房の非財務情報可視化研究会による「人的資本可視化指針」では、具体的な開示事項の検討に関して次の2つのポイントに分けて説明しています。
1.独自性と比較可能性のバランス
他社の事例や特定の開示基準に沿った横並び・定型的な開示に陥ることなく、自社の人的資本への投資人材戦略の実践・モニタリングにおいて重要な独自性のある開示事項と、投資家が企業間比較をするために用いる開示事項の適切な組合せ、バランスを確保することと記されており、指針では「研修等を自社固有の戦略に関連付けて開示している例」を紹介されています。
人的資本や多様性に関する情報開示は、企業の持続可能な価値向上に向けた人材戦略や多様な人材の活用を目的としているため、開示内容は個社の事業内容やリソースに応じて独自性があって然るべきです。
また、独自性だけでなく、同業他社との比較ができるよう比較可能性の観点を採り入れると、市場関係者は個社の取り組みを評価しやすくなります。
2.価値向上とリスクマネジメントの観点の整理
開示事項には、「企業価値向上に向けた戦略的な取組」に関する開示と、投資家のリスクアセスメントニーズに応える「企業価値を毀損するリスク」に関する開示の大きく2つの観点があることを意識し、説明方法を整理することと記されており、指針では開示事項の階層(イメージ)を紹介されています。
有価証券報告書において開示が義務化された項目
2023年3月期決算企業の有価証券報告書から、上場企業約4,000社に対し、人的資本・多様性及び従業員の状況について次の内容の情報開示が求められることになりました。
【新設項目】(サステナビリティ)
・「戦略」:人材の多様性の確保を含む人材の育成に関する方針及び社内環境整備に関する方針
(例:人材の採用方針、従業員の安全・健康管理に関する方針など)
・「指標及び目標」:上記方針に関する指標の内容、指標に基づく目標
【追加項目】(従業員の状況)
・女性管理職比率
・男性育児休業取得率
・男女間賃金格差
金融庁の見解
2022年11月に金融庁より公表された「記述情報の開示の好事例集2022」によれば、実際に開示された事例から、投資家やアナリストが期待する人的資本や多様性に関する開示ポイントが挙げられています。
- 人的資本可視化指針で示されている独自性と比較可能性の観点を適宜使い分け、又は併せた開示は有用
- KPIの目標設定に当たり、なぜその目標設定を行ったかが、企業理念、文化及び戦略と紐づいて説明されることは有用
- マテリアリティをどう考えるかについて、比較可能性がある形で標準化していくことは有用
- グローバル展開をする企業は、サステナビリティ情報の開示に於いて、例えば、人権に関する地政学リスク等、ロケーションについて着目することも有用
- 独自指標を数値化する場合、定義を明確にし、定量的な値とともに開示することは有用
- 過去実績を示したうえで、長期時系列での変化を開示することは有用
- 背景にあるロジックや、前提、仮定の考え方を開示することは有用
- 人的資本の開示にあたり、経営戦略をはじめとする全体戦略と人材戦略がどう結びついているかを開示することは有用
上記の開示ポイントをまとめると、人的資本や多様性の開示にあたり、経営戦略等と人材戦略の結びつきを示し、人的資本や多様性への取り組みが、企業の戦略とどのように結びつくのか明確に説明する必要があります。具体的には、人材の採用計画や育成、多様な人材の確保を事業成長や持続可能性と関連付け、「人的資本を戦略的に配分できている」「企業の競争力強化のために人材を確保した」などと記載すれば、企業目標やビジョンに沿った人材戦略を策定・実行できていると市場評価も高まるものと思われます。
参考となる開示情報の例
1.人的資本可視化指針(7分類19項目)
開示情報を検討するにあたっては、前述の内閣官房「人的資本可視化方針」の7分類19項目が参考になります。ISO30414を含む各種開示基準も加味し、開示項目を整理・分類されていますので、自社における人的資本の実態を可視化する際に有用です。
7分野 | 19項目 | 開示情報・指標(例) |
---|---|---|
人材育成 | リーダーシップ/育成/ スキル・経験 | 研修時間、研修費用等 |
エンゲージメント | 従業員エンゲージメント | |
流動性 | 採用/維持/サクセッション | 離職率、定着率等 |
ダイバーシティ | ダイバーシティ/非差別 /育児休業 | 属性別従業員・経営層の比率、 男女間の給与の差等 |
健康・安全 | 精神的健康/身体的健康 /安全 | 労働災害の発生件数・割合、 死亡数等 |
労働慣行 | 労働慣行/児童労働・ 強制労働/賃金の公正/ 福利厚生/組合との関係 | 人権レビュー等の対象となった事業所総数・割合等 |
コンプライアンス/倫理 | コンプライアンスや人権等の 研修を受けた従業員の割合等 |
また、同指針の付録にも開示事例や参考指標が掲載されていますので、参考までご紹介します。
2.ISO30414(11領域58指標)
組織が持つ人的資本の情報を投資家やステークホルダーなど内外に開示することで企業の持続的な成長を促すことを目的としています。各国共通で適用されるガイドラインとなっているため、国ごとの労働慣行の違いに左右されにくい項目が設定されています。
11領域 | 58指標 |
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倫理とコンプライアンス | ・提起された苦情の種類と件数 ・懲戒処分の種類と件数 ・倫理・コンプライアンス研修を受けた従業員の割合 ・第三者に解決を委ねられた紛争 ・外部監査で指摘された事項の数と種類 |
コスト | ・総労働力コスト ・外部労働力コスト ・新給与に対する特定職の報酬割合 ・総雇用コスト ・1人当たり採用コスト ・採用コスト ・離職に伴うコスト |
ダイバーシティ | ・年齢 ・性別 ・障害 ・その他 ・経営陣のダイバーシティ |
リーダシップ | ・リーダーシップに対する信頼 ・管理職一人あたりの部下数 ・リーダーシップ開発 |
組織風土 | ・エンゲージメント/満足度/コミットメント ・従業員の定着率 |
健康・安全・幸福 | ・労災により失われた時間 ・労災の件数(発生率) ・労災による死亡者数(死亡率) ・健康安全研修の受講割合 |
生産性 | ・従業員1人当たりEBIT/売上/利益 ・人的資本ROI |
採用・異動・退職 | ・募集ポスト当たりの書類選考通過率 ・採用社員の質 ・採用にかかる平均日数 ・重要ポストが埋まる迄の時間 ・将来必要となる人材の能力 ・内部登用率 ・重要ポストへの内部登用率 ・重要ポストの割合 ・全空席中の重要ポストの空席率 ・内部異動数 ・幹部候補の準備度 ・離職率 ・自発的離職率 ・痛手となる自発的離職率 ・離職の理由 |
スキルと能力 | ・人材開発/研修の総費用 ・研修の参加率 ・従業員1人あたりの研修受講時間 ・カテゴリ別の研修受講率 ・従業員のコンピテンシーレート (行動特性の評価) |
後継者計画 | ・内部継承率 ・後継者候補準備率 ・後継者の継承準備度(即時) ・後継者の継承準備度(1-3年、4-5年) |
労働力の可用性 | ・総従業員数 ・総従業員数(フル/パートタイム) ・フルタイム当量(FTE) ・臨時の労働力(独力事業主) ・臨時の労働力(派遣労働者) ・欠勤 |
3.財務指標の応用
人的資本の指標を整理するうえで、財務分析における「生産性」「収益性」「安全性」「成長性」の4方向から分類すると、攻め/守り、インプット/アウトプット/アウトカムで指標を分けることができます。
・生産性:人的資本を強化・活用した結果、企業価値が向上したと認められる指標
「1人当たり売上/営業利益」「単位人件費当たり付加価値額」等
・収益性:人的資本そのものの価値向上を図る指標
「育成コスト」「研修参加率」「エンゲージメントスコア」等
・安全性:人的資本の健全度・リスク低減を図る指標
「労災発生件数」「残業時間数」「休職者数」等
・成長性:人的資本の成長度、規模・人数の拡大・縮小を図る指標
「新規採用者数」「離職者数(率)「人件費増加額」等